夫はとにかく面白い。変人だけど面白い。
頭のキレがよくて、普段の何気ない会話のなかにも次々と新しいワードを入れてくる。
ある夏の蒸し暑い夜、近所の居酒屋へ行き2人でビールを飲みながらその日あった出来事や未来の話をしていたとき。
その居酒屋は入口の扉がものすごく重くて、入ってくるお客さんも出ていくお客さんも10人いれば10人が扉を中途半端に開けた状態で放置する。
いわゆる ”けつぬけ” ってやつだ。(これは方言?
だから蒸し暑い空気が常に店内に入ってきちゃってるし、それだけならまだいいものの甘辛い焼き鳥のタレや揚げたてのフライの香りに誘われ扉の隙間からはここぞとばかりに小虫たちも入場してくる。
昔ながらの大衆チックな居酒屋だからそんな状態でもなんとなく許されるし、まぁこれも夏の醍醐味といっていいでしょうと思っていた。
案の定2つ頼んだビールのうちのひとつに小虫が付いてきた。
虫のくせにアルコールとは生意気である。
ビールの中に小虫が沈んでいたわけではなくグラスのフチに付いてただけだったから「まいっか。」と気にせずカンパイに入る。
「ひぇえええん、虫や・・・」
かわい子ぶって虫を嫌がるJoy子に夫はサッと自分のビールと交換した。優男。
店内はたくさんのお客さんで賑わっている。
ぞくぞくと料理が運ばれてくるなか、小虫たちも食べ物のいい匂いにつられて我々のテーブルにやって来る。
わりと大きめの虫だったら一撃で退治できるものの、小虫だとそうはいかない。
払っても払ってもまたどこからともなくプーンと近づいてくる。
夫「キや・・・」
J(・・・!?キ?いまキって言ったよな!?え、キ?)
きっと夫は ”気のせいや” みたいなことを言ったはずだ。
Joy子が手で虫を払う仕草を頻繁にするもんだから、きっと ”気のせいだよ” と言ったのだろう。
Joy子はこの日の日中、そこらここらに買い物に出かけてヒジあたりを一箇所蚊に刺されていた。
J「そいえば今日な、蚊に刺されたんよココ、見てよ」
夫「・・・!おれも!俺も今日ここキに刺された」
J(・・・!?)
いま夫は確実に ”キ” と言った。
今度は聞き逃さなかった。
J「ねぇなにキって」
夫「まじキ」
J「いやカな」
このように夫は普段の会話の中に当たり前のようにぶっ飛んだワードを入れてくる。
夫「ほらまた来たキ(払う仕草」
J「カな」
夫「キうぜー」
J「カな。いやコかもしれん(自分もノッてきた」
悔しいけど結局Joy子もノッてしまう。
これが夫を調子づかせてしまう原因ではある。
そして夫は小虫を見つけるとなぜかそれをぜんぶ蚊にしてしまう。
ひと目でぜったいに蚊ではないとわかる虫もぜんぶ蚊にするクセがある。
この日居酒屋にいた小虫たちの中にも一匹くらいは蚊もいたかもしれないけど、あきらかに蚊ではないとわかる虫が9割を占めていた。
なぜか小虫はぜんぶ蚊にしてしまう夫だが、これは蚊に限った話ではない。
たとえば白い犬を見るとそれがチワワだろうとヨークシャテリアだろうと全部マルチーズと言う。
あとあきらかにプードルなのに、大した見もしないでその子たちを全部ビションフリーゼと言う。いやパッと見似てるけどさ。
そしてJoy子が「いやチワワな」「あの子はプードルな」と訂正するのを見て、夫はしたり顔をする。
ほかにもこうした事例はある。
Joy子は夫の転勤を機に仕事を辞め、次の仕事を見つけるまでのあいだハローワークへ行き失業手当を貰っていた時期がある。
ハローワークは認定日だかのときは時間の指定があって、それがけっこう朝早い時間だったりする。
いつもより少し早めに起きてハローワークへ行く支度をしていたとき。
夫「お、出かけるん?」
J「あーた、ハローワークよ。」
夫「あー。こんにちは仕事なー。」
J(・・・!?)
こんにちは・・・仕事・・・???
ハローワークを直訳したのだろう。
思わずマスカラを塗ってた手が止まった。
だってこんにちは仕事だよ???
ハローワークをこんにちは仕事という人が未だかつて居ただろうか?
しかもフツーに。ものすごくフツーに。
流れるように言う。
”会話の流れ” ってのはどんなときでもある程度はあるもの。
スムーズな会話の流れは話しているほうも聞いているほうも心地よい。
でもそのスムーズな会話の流れのなかに突拍子もなくぶっ込んだワードを入れられると ”スムーズな会話の流れ” というやつはそこで終了してしまう。
ハロワへ行く身支度で忙っっしいときに、会話の流れは止まるわこんにちは仕事に対するツッコミを入れなくてはで余計に忙しい。
べつに聞き逃せばいいものの ”出たー!新しい” となぜかJoy子は喜んでしまい、スマホのメモ帳アプリに夫のnewワードをたびたび残してしまう。
頭のキレがいいっと言っていいかは怪しいところだが、とにかく夫はいろんな場面で突拍子もないことを言うのが日常だ。
いろいろ変なんだけど、
J「ねぇこれってどういう意味?」
とか、
J「天皇ってこういうとき~~~なの?」
とか、
Joy子にわからないナニカがあってそれを夫に問いかけると97%の確率でわかりやすく的確な答えをくれる。
3%はけっこう適当な回答だったりする。
知識が豊富でいろんな言葉を知ってる夫といっしょにいると、ちょっとずつだけど頭がよくなっていく感覚がある(なっててくれ・・・)。
夫は、なでると御利益を授かる ”なで牛” のような、そんな存在である。
あちこち痛いところもなんとなく治る気がする。
だからJoy子はヒマがあれば夫の頭部分を撫で、頭よ、よくなれ・・・とエキスっぽいものを常時いただいている。
これから先、夫と日常を過ごしていくなかでまたどんな新しいワードを生み出してくれるのか期待したい。